「今は草木染めの工程やワークショップまでしかお見せすることができないけれど、撚糸(撚糸)、横編み、丸編み、機織り、縫製、仕上げまでの工程が一所に集まった”ファクトリーショップをつくりたい”」

そう語るのは、糸づくりをベースとしながら、天然素材とメイドインジャパンをコンセプトにモノづくりをしているブランド「MAITO」の染色家・小室真以人さん。

蔵前にある「MAITO」のアトリエショップでは、製品の販売だけではなく、実際に草木染めを体験できるワークショップを開催しています。お客さんも生でモノづくりを見て、感じられる場所をつくった理由とは? そして、故郷の福岡で叶えたい目標とは? わくわくするモノづくりのお話を聞いてみましょう。

蔵前MAITO

自然の「色が好き」だから草木染めをしています

草木染めの草

── 小室さんが草木染をはじめる経緯を教えていただけますか。

小室真以人(以下、小室) では、まずぼくの生い立ちからお話しますね。

実家が染物屋をやっています。小学校3年生くらいのときに東京の品川から、福岡の秋月という城下町に引っ越しました。はじめに住んだのは街灯もない田んぼに囲まれた荒ら屋(あばらや)みたいなボロ屋です。

そこで新しく染物工房を建てて仕事をする父を見て「あっ、ぼくのお父さんは染物屋なんだ」と初めて理解しました。品川の自宅では工房と職場が別々だったので、父の仕事を見る機会がなかったんです。

福岡に移住してから少しづつ、ぼくは工房やお店を手伝っていました。デザイン系の高校に進学したあと、東京藝術大学の工芸科に入学したんです。その当時からモノづくりをしたいという気持ちは固まっていましたが、染め物をやろうとは思っていませんでした。

小室真以人さん

── 何かきっかけがあったのでしょうか。

小室 大学でいろんなマテリアル(素材)に触れる機会をいただきました。陶芸、漆芸、彫金、鋳金、鍛金と触れてみて、みんな魅力的だけど、「色が好きだな」って思ったんです。

……つまり、ぼくは単純に色が好きだから草木染めをしているんです。

── 色が好きなのはなぜですか?

小室 自然が好きなんですよ。子ども頃はキャンプにもよく行ってました。田舎は、四季でものすごく風景が変わるからたくさんの色があります、山の色とかね。

草木染めの草

── 幼少期に受けた刺激って、意外と人生に影響を与えると思います。

小室 はじめて読んだ『サバイバル』(さいとう・たかを著)という漫画も、ぼくのバイブルです。Gパンのポケットって、裏返すとホコリがあるじゃないですか。あれは捨てちゃいけないんですよ。よく燃えるホコリの塊は、キャンプで火をおこすために必要な素材です(笑)。

山に行って山菜を採ったり、枯れ葉を集めて燃やしてみたり、秘密基地をつくったりすることが好きでした。きっと幼少期の体験がぼくのルーツ。今もそれらの延長線上にいる気がします。

── 「草木染め」は自然を相手にする仕事だから、山に分け入っていた当時と変わりはないと。

小室 子どもの頃は、山で見つけたキノコを食べられるか有毒なのか考えていました。それが今は「キノコで染められるか」と考えるようになった。思考が少し変化しただけなんですよ。田舎っ子の心のまま、都会に出てきたという表現が正しいと思います。

蔵前MAITO mpic-toto

── じゃあ、東京で染め物をやる理由はどこにあるのでしょうか。

小室 東京は、お店を見渡せば秋ものや冬もの独特の色があります。でも、自分が知っている色がない。それがなんだか、さみしいなあと思うんです。

父が草木染めに惹かれた理由はきっと「自然の色があるからだろう」と、東京に来てはじめて理解しました。同時に、自然の豊富な色の魅力を引き出せる草木染めはおもしろいと思えたわけです。それが大学のときのこと。染色家になるぞと、もう一度父親のもとで修行したいと思って、卒業後に実家に帰ることにしました。

腹をくくれるし、逃げられない。真以人の糸(いと)だから「MAITO」

蔵前MAITO-染の風景

蔵前MAITO-染の風景

── 卒業後にお父様のもとで草木染めの修行をされていた当時は、どんな発見がありましたか?

小室 「やるぞ!」と心に決めて草木染めに取り組むと、父の教え方も変わりました。自分は新人です。他の職人さんもいる手前、息子だからといって贔屓されるわけにもいきません。だから丁稚奉公ではないけど、月7万の給与で2年間修行をしました。

── 過酷ですね。

小室 一般的に京都の染め物屋さんでは、月に3万で丁稚奉公するところもある。それで2年、3年修行するなんてざらです。実家暮らしをさせてもらっているぼくは、かなり恵まれていました。餓死はしないし、貯金もできる。

おかげで修業中の6年間で、何かを染めるだけではなくて企画や制作、営業から販売まで全てがモノづくりのお仕事だということがわかりました。

蔵前MAITO修行の風景

── 独立されるまでに、どんなことをしましたか?

小室 じつは実家で働きながら、自分のブランドの商品をつくっていたんですよ。銀行に借金して買ったホールガーメントという機械を夜な夜な動かしてね。これでなにか新しい草木染めの形ができそうだと思った瞬間に、自分のブランドにすることを決めました。

── そこから「MAITO」が誕生するんですね。

小室 「MAITO」と自分の名前をつけた理由は、腹をくくれるし、逃げられないし、真以人の糸(いと)だから。それこそブランド名としての辻褄が合うじゃんって(笑)。

実家の仕事もしながらも少しずつ「MAITO」の活動を始めて2010年に、「給料はもういらない。自分でゼロからやる。だから東京に行く許可をくれ」と父に頼みました。学生時代に貯めた本当に少ないお金で、その年の2010年12月には、秋葉原にある2k540 AKI-OKA ARTISANに出店しました。

たったひとつのモノでも、関わっているつくり手はたくさんいる

蔵前MAITO

── 翌年の2012年には蔵前にアトリエショップをオープンされました。2k540の店舗と違うところは、店舗の広さですよね。どんな目的があって蔵前にお店をオープンしたのでしょうか?

小室 蔵前のアトリエショップでは草木染めを体験できるワークショップをやっています。染めてみることで、もっともっと商品の先にあるものを見てほしいなって思うんです。

蔵前MAITOアトリエショップ

── 商品の先にあるものって、たとえば素材やつくり手のひとのことでしょうか。

小室 そうです。「たったひとつのモノでも、関わっているつくり手はたくさんいる」ということを伝えていきたくて。じつは機織りをする、編む、縫うひと、製品をつくる過程でたくさんのつくり手が関わっているんです。しかしできあがった製品だけを通して見ると、中間で携わってくれたひとの手が意外と見えないんですよ。

今、中国製を揶揄する声もありますよね。でも中国製がどうこうではなくて、海の向こうで、一所懸命手を動かして仕事をしているひとがいるからモノは生まれる。すごく大変なのに、それが見えない世の中です。

蔵前MAITOmpic-model_

── 蔵前のアトリエショップは、モノづくりの裏側を見せたい、という思いがあるのでしょうか。

小室 言葉や写真で伝えるよりも、ぼくの理想は、生でモノづくりの過程を体験してもらうことです。だから蔵前のアトリエショップをつくった。

これからは更にモノづくりを見て、感じてもらえるような場所「モノづくりファクトリー」にしていきたいです。ここで草木染めに興味を持ってくれたひとが、次の担い手になるかもしれない。職人のなかには後継者がいないひとたちもいるから、ぼくがここで暮らしているひとと新しく町に来るひとの橋渡しになれればと思っています。

ファクトリーショップは継承・発展の場をつくること

cateye MAITO

── 将来は実家の福岡に戻りたいですか?

小室 福岡には戻りたいというか、戻らなきゃという気持ちが強いです。やっぱり故郷なので。

── じゃあ、いずれは福岡で工房をつくるつもりですか?

小室 もちろんです。田舎にしかできないこともありますからね。アメリカンドリームという言葉ではないですが、壮大な夢を実現するためには広い場所が必要です。草木染めで衣服をつくる場合も、生地を織って、編んで、染めて生地を干す……それらの作業だけで、とくに糸を扱う製品は、びっくりするくらい広い敷地が必要なんです。

だからこそ「ファクトリーショップ」を福岡につくりたい。草木染めに興味を持ったひとが、仕事も生活もできるハブをつくりたい。職人さんがいないとぼくの仕事は続きません。染め物の修行ができる場所も、もっと必要だと思っています。

蔵前MAITO

── 「つくる」だけの視点で考えると、東京はモノづくりが継承し、発展する場所としては適さないということですね。

小室 製品の企画から生み出すことはできるけど、生産には向かないですよね。東京には敷地がありませんから。蔵前で千坪買うなら30億くらいかかるんじゃないかな(笑)。本気でモノづくりに打ち込みたいなら、田舎でしか勝負できないと思います。

きれいごとではありませんよ。草木染めに限ったことではなく、モノづくりの技術が途絶えてしまうことが当たり前のように起こっています。だからこそ生業が続き、草木染めや糸偏の技術が継がれていく場所「ファクトリーショップ」をつくること。それが今考える、ぼくの目標です。

MAITO小室真以人さん

(一部写真提供:MAITO)

お話をうかがったひと

小室 真以人(こむろ まいと)
1983年福岡で生まれ、東京で暮らす。福岡県朝倉市秋月に越し、家業の草木染工房で草木染めに触れる。東京藝術大学美術学部工芸科で染織を専攻。在学中伝統技法を学ぶ傍ら、革の草木染めなどの新しい技術表現を模索。2007年にホールガーメントニットを導入と技法を習得。2008年、自身のニットブランド「MAITO」をスタート。2010年に株式会社マイトデザインワークス設立。同年、東京都台東区上野の2k540に直営店を出店。2012年東京都台東区蔵前にアトリエショップをオープン。

このお店のこと

MAITO 蔵前アトリエショップ
住所:東京都台東区蔵前4-14-12 1F
電話:03-3863-1128
営業時間:11:30 – 18:30  定休日:月曜日
アクセス:都営浅草線 蔵前駅:A0出口より徒歩2分
都営大江戸線 蔵前駅:A6出口より徒歩9分
公式サイトはこちら

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